ホピで出会った「アナンダラバ」というメッセージ
この出来事からの数ヶ月間、私はさまざまな体験をし、沢山の学びと気づきが与えられました。
「どうせ」という、世界と自分に対する疑いの心を持っていたこと。 周囲から完璧を求められるという幻想と、それに応えなければいけないという幻想を持っていたこと。 人間もまた等しく「自然」であり、神聖な自然のスピリットと同じく、ひとりひとりが神聖な存在だということ。 私達が自然の中で、神々しい場所に行き、手を合わせるように、神々しいものとして、人が、自分を含め人間を、お互いに、手を合わせるように、畏れ敬うこと。 与えられた恵みと弱さを素直に受け入れ、ただ感謝し、その力を平和に役立てるために、進む勇気。
そうしたことを沢山気付かされ、思い出していきました。そして、争いの気持ちが生まれ、諦めそうになったときには、平和の民であるルービンの言葉を思い出します。すると、再び心に勇気の火が灯るのです。
リトリートの時に、銀細工職人でもあるルービンに、オーダーメイドでもジュエリーを作っていただけるというお話しがあったので、彼にトリートメントをさせてもらい、そこで得たインスピレーションからジュエリーを作っていただけないかとお願いしたところ、快く承諾していただきました。比嘉さんご夫婦が、以前ホピの村に訪れた際、あの沖縄の水鏡のスピリットについての祈り歌を歌い、それを聴いたルービンは、インスピレーションを得て、愛する末娘に「水鏡」にちなんだ名前をつけたといいます。 ルービンがホピに帰った後、私たちがその沖縄の水鏡を訪れたことや、授けられた天からの滴について、ルービンに話をしたところ、お願いしたジュエリーにターコイズを入れてくれることになりました。
それから少し経った二〇一〇年の三月二一日、ルービンに直接お礼を伝えること、ジュエリーを受け取ること、そして私達の結婚記念日ということで、私達は、行ってみたいと思っていたホピの村を訪れました。 私はそこで受け取ったジュエリーに、ルービンが一つ一つのシンボルに刻んでくれた祈りと、私が経験した学びを思い返し、改めて感動を覚えました。ジュエリーは、平和への祈りを込め、自分の存在を証しするための宝物として、今も大切に身に付けています。
そして、この時のホピの訪問では、ジュエリーだけでなく、予想もしない意外な展開が待っていました。ルービンが再び日本を訪れるお手伝いを、私達夫婦がさせて頂くことになったのです。 私達がホピに滞在している間に話は進み、ルービンから、「アナンダラバ(Open up our hearts)」というプロジェクトの名前と、日本の皆さんに向けてのメッセージを託されて、私達は日本に戻り、準備を開始しました。そして、葉山・淡路島・屋久島・沖縄の四箇所での、リトリート形式のワークショップを軸として、様々な方のご協力のもと、二〇一〇年九月にツアーが行なわれることとなりました。
これからご紹介する「ホピに生き方と日本の和を語る」という記録は、通訳として、一番近くでルービンの話を聞いていた夫貴司が、この「アナンダラバ」で、事実、何が起こったのかを、ブログに記し、まとめたものです。およそ三週間近くに渡ったツアー中は休む間もなく、毎日を無我夢中で走りぬけたような気がしますが、イベントの企画や実施に携わってくださった方、イベントやワークショップにご参加頂いた方、陰ながらご賛同をいただいた方、運営のお手伝いをしてくださった方など、沢山の皆様の助けに支えられ、無事に開催することができました。この場をお借りして、心から御礼を申し上げます。そして今、起こったことを辿っていくと、今になってはっとするような言葉や出来事が沢山あったことが分かります。この記録を通じて、皆さんにも、「アナンダラバ」で私達が体験したメッセージを、共有していただければ幸いです。
佐々 智美
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