ホピに学ぶ、私達が進むべき道とは?

今、思えばここ一年ほどの流れは、とても不思議なものでした。ホピに二回も行ったり、富士山や立山を登ったり、そしてアナンダラバでは、これまで夫貴司が綴ったように、日本各地の皆さんとお会いして、貴重な体験をさせて頂きました。


アナンダラバの経験の中で私が何より感動したのは、サウフキー家の家族の絆と、そしてこの温かい家庭を築いている、ルービンと奥様のバーバラとの深い愛です。ツアーを通じて、私は自分達もこんな夫婦、そして親になり、サウフキー家のような家庭を築きたいという想いが一層強くなりました。


ルービンは、教えるべきことはシンプルに教え、そして後は子どもたちが選択するのを尊重しています。今、私は思うのです。子どもに教えるべきことを教えられるだろうか。何を伝えるべきか、何を伝えたいのか。ホピの人々から語られる言葉は、とても簡素です。その一つ一つが、これまでの伝承の中で、洗練されてきたからなのでしょう。後世まで残る大切なことは、きっと、簡素なものなのだと思います。


ホピで伝えられている「予言」は、永い歴史をもつ民族に伝えられ、先祖の叡智の結集から導き出された、「このまま行けば、自然にこうなる」という経験則のようなものではないかと思います。たとえ「浄化の時」を迎えようとも、人間がやるべきこと、進むべき正しい道はいつも変わらないということを、私はホピの人々に教えられた気がします。


もう一つ感じたのは、「慈悲」という感覚です。ルービンをはじめ、サウフキー家の皆は、本当に優しいです。彼らと接していると、見返りのない、心からの深い優しさとはこういうことなのだと時折感動さえしてしまいます。また、カチーナの歌の言葉の意味をひとつひとつ辿ると、彼らの優しさに触れたときと同じ感覚になり、心の奥底から涙が出そうになります。


私はこんなふうに空想しています。地球上の、土地土地に精霊が宿るなら、私達は、だれも皆、その土地に宿る精霊の、慈悲、慈愛の中に育ち生きていくのではないかと。だからこそ人は土に根ざし、大地の世話をします。カチーナが歌っているように、命そのものである雨を運ぶには、精霊と人とが力を合わせることが必要で、「TETSQUA IKACHI(私の命を大地に)」という言葉は、人と精霊とが抱いている、同じ願いなのだと思います。

そうした大地と人との相思相愛の関係の中に、永遠に幸せな道が続いていくのでしょう。「私は、ここから来たの。そして、この線は、私が辿ってきた道。そして、私は同じ場所に戻るの。」と、小さな女の子が私達に教えてくれたように。その道を歩むとき、私達は再び、本当の「和」を見つけることができるのかもしれません。


 

二〇一一年四月二九日 佐々 智美

at 00:00, MYSCO, おわりに

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