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星の降る里、岡山県大佐町大佐山

今回グレゴリー・サリバンさんとのワークショップの場所になりますのが、岡山県の県北にある、大佐山というところ。
  大佐町は、昭和62年度、環境庁から「空が澄んでいて星空の観測に適している」として「星空の街」の指定を受けました。
  ちなみに私が子どもの頃、生まれて初めて天の川を見たのが、ここ大佐山のキャンプ場でした。

▼Instagramに投稿されている大佐山の風景
http://tofo.me/tag/%E5%A4%A7%E4%BD%90%E5%B1%B1

大佐山はかつて黄山といいましたが、阿蘇津彦命・阿蘇津姫命を祀るようになり、大阿蘇と呼ばれ、転じて現在の「大佐山」となりました。山の中腹にある大佐神社の御由緒は次のようになっています。

▼由 緒
  当社は、阿蘇津彦命、阿蘇津姫命を奉祀する。
  御創立は第50代桓武天皇の御代延暦3年、九州肥後国阿蘇神社から勧請したと伝えられている。
  社記によれば阿蘇神社から当国小阪部黄山の大悲之口という所に二柱の神が顕れたが人々はこれを知らなかった。ところがこの頃、旅人が道で災いに遭った。人々は不思議に思って旅人を助け養ったところ、或る日この旅人が「我はこの山の主なり伝々」と口走るようになった。人々は恐れ、領主にも報告し、人を集めて山に登ったが何故か分からなかった。
  その後、ある猟師が猟をしようと山に入ったところ大蛇に出遭って驚き、里に逃げ帰った。話しを聞いた名主、神主を始め村人が再び山に入ったところ、「トグロ」を巻いた大蛇がいた。その姿が神々しいので神主が拝礼して「御本体があるのなら顕れ給え」と祈ると、大蛇はそろそろと山を登って行った。その後に続くと、不思議なことに黄山の7合目の大悲之口に一夜にして出来たと思われる池があり、大蛇はその中に入って行った。そこで3人の巫女が祈ると、3人目にようやく神が顕れて「我は肥後の国阿蘇郡阿蘇大明神なり、我を信ずれば富貴繁盛、人民息災なるべし」といった。
  それからは黄山を大阿蘇(後大佐山)と称し広磐(現在の社地)へ仮殿を造り阿蘇大明神を勧請し、24年後の大同3年9月18日御遷宮が行なわれた。

なぜ阿蘇?と不思議に思い、調べてみたところ、諸説ありますが、阿蘇の宮司さん(阿蘇氏)の祖先が「多(おう)氏」という一族で、多氏は九州から本州へと移動していきました。多氏は鉱物を採集する氏族でもあり、鉱物が豊富な土地に多氏が関連した地名が残されているようです。

大佐山は、世界でも数少ない、ヒスイが産出される場所でもあります。

大佐山の元々の地名の黄山、そして阿蘇の神様とのつながりを考えると、多氏がかつてこの地にてヒスイを発掘していたということなのかもしれません。

また、ヒスイを信仰する文化には、中国の紅山文化や、マヤ文明の例があり、そして最も古いのが日本の縄文時代といわれています。縄文時代の後期からはヒスイの勾玉が作られるようになりましたが、出雲大社には、大社近くの真名井遺跡から出土された美しいヒスイの勾玉が収められているそうです。

縄文、勾玉、出雲、ヒスイ。そして星の人たちとこれらの関連性は?ツアーの最後に迎える大佐山の星空を眺めながら、個人的なテーマとして思いを巡らせてみたいと思います。

▼イベントの詳細
http://uhnungdalawva.com/nahongvitahtoni/oosa.html

▼お申込み
http://uhnungdalawva.com/mailplus/index.html

at 00:00, 先住民ホピ族(水氏族)ルービン・サウフキーのアナンダラバ, DIRECTOR'S NOTE

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